12/10/2005

夢の義手

神経系と一体化した「触覚を持つ義手」

 金属製の5本の指があなたの指をほぼ完璧な同調性で握り締める。手を引っ込めようとすると、さらにしっかり握ってくる。『サイバーハンド』という義手があなたにあいさつしようとしているのだ。今のところこれらの動きにはコンピューターの命令が必要だが、当地のロボット工学研究所では3年半前から、人間に本来備わっている感覚信号を伝える世界初の義手の開発に取り組んでいる。

 万事順調に開発が進めば、2年後にはこの義手を人間の腕に取り付けられる見通しだと、研究者らは述べている。ワイヤーが張り巡らされた関節はすべて、合成素材で手の形のとおりに覆い隠される。

 イタリア中央部の町ポンテデラにある聖アンナ大学院大学バルデーラ研究所で、このプロジェクトのコーディネーターを務めるパオロ・ダリオ教授は、手を失った人がサイバーハンドを装着すれば、「物に触れる感覚」を取り戻せると話す。

 サイバーハンドはヨーロッパの4ヵ国――イタリア、ドイツ、スペイン、デンマーク――6チームによる共同研究の成果だ。ダリオ教授にとっては、ロボット工学という急成長中の分野におけるヨーロッパの大きな可能性を示すプロジェクトでもある。ただし、ヨーロッパではこの分野の研究にあまり資金を得られないのが現状だ。

 「われわれにはネットワークがあり、協力する術も知っている。大きく飛躍する条件は整っている」と、ダリオ教授は話す。

 サイバーハンドの開発は、欧州連合(EU)が新技術のために設けている特別予算から得た180万ドルで進められている。10月、プロジェクトの研究者たちがロボット工学への資金援助の増加を各国政府と民間に要請した際、欧州委員会は、サイバーハンドは成功だと評価している。

 ヨーロッパがロボット工学に秘められた巨大な市場を生む力を引き出し、米国や日本、韓国のプロジェクトと競合するつもりなら、資金援助の増加は不可欠だと、研究者たちは述べている。

 ヨーロッパではロボット工学の研究に、欧州委員会とEU加盟国すべて合わせて毎年1億ドルを投じている。日本と韓国はそれぞれ1国でヨーロッパ全体と同等の金額を投じており、米国は多い年で5億ドルも使っている――これは主に、軍関連のロボット技術の需要が膨大なためだと、研究者やEUの当局者は述べている。

 ダリオ教授の見解では、ロボット工学におけるヨーロッパの強みは幅広いアプローチにあるが、それは同時に、人間の日々の仕事を助けるロボットの利用が増えることにつながり、社会問題や倫理問題の影響を受けやすくなるかもしれないという。

 シカゴ・リハビリテーション研究所の研究者、ジェイムズ・L・パットン博士によると、サイバーハンドのチームをはじめとするヨーロッパのロボット工学の研究グループは、日本の研究グループに比べ、ロボット技術を日常生活に取り入れることに慎重な姿勢で臨んできたという。パットン博士はサイバーハンドのプロジェクトに強い関心を持ち、進行状況を追っている。

 「どんなことをするロボットなら受け入れられるだろうか、安全なロボットを作るにはどうすればよいか、ロボットは安全なのか、心理学的にはロボットは人間やその行動にどのような影響を及ぼすだろうか――こうした疑問を検討することに関しては、ヨーロッパの研究者たちが先駆けだ」と、パットン博士は話す。

 ロボット工学の複数の専門家によると、日本のプロジェクトはヨーロッパとは対照的で、メディアへのインパクトや資金獲得を狙った派手なものが多いという。

 サイバーハンドのチームは、つかみやすく動かしやすい手を作ることを目指すだけでなく、見た目の美しさにもこだわっている。

 サイバーハンドの研究者、ジョバンニ・ステリン氏によると、第二次世界大戦後に開発され今なお市場にある、先端がペンチのような義手は、使うのを恥ずかしがったり気後れする患者が多いという。

 ひじから先にサイバーハンドの本体を取り付けると、その上から合成素材を何層か被せることになる。この素材になめらかさと弾力性、柔軟性を持たせることで、本物の手の特徴をできるかぎり再現することを目指している。

 パットン博士は、サイバーハンドは「神経系と完全に一体化した初めての義手」になると述べている。小さな電極と生体模倣技術を用いたセンサーによって神経系と義手がつながれ、義手の位置や動きだけでなく外界からの刺激まで感じることが可能になる。

 サイバーハンドの研究者、シルベストロ・ミセラ氏によると、米国でも似たようなテーマの研究が行なわれているが、電極、人工装具、感覚フィードバック、制御、命令の処理といった問題に総合的に取り組む研究はないという。

 ヨーロッパでは国境を越えたチームを作って技術研究に取り組む習慣があるため、こうした共同研究が成果をあげる例が多いと、ミセラ氏は語る。

 パットン博士は、サイバーハンドの今後の課題として、使用する素材が人体と適合するか、患者の脳がどのように適応するか、義手への電力供給はどうするか、の3点を挙げている。

 EUの当局者はサイバーハンドの他にも、デンマークを拠点とするプロジェクト『ハイドラ』を推奨している。世界初の変形ロボットの開発を目指すプロジェクトだ。ロボットは複数のモジュールで構成され、それぞれのモジュールにプロセッサーとバッテリー、センサー、アクチュエーターが組み込まれている。モジュールどうしがくっついたり離れたりすることで、ロボットの形状が変わる仕組みだ。

 プロジェクトのコーディネーターを務める南デンマーク大学のヘンリク・ハウトップ・ルンド教授は、このロボットは地震の被災地での救助活動などに使用できるかもしれないと語る。救助活動の現場まで車で運べば、トカゲのような形になってがれきを上ったり、ヘビの形になって穴をくぐったり、柱のように立ち、崩れた建物を支えて生存者を守ったりできるだろう。

 現在までに100個のモジュールが開発されており、ルンド教授はロボットの製造と実用化に投資してくれる民間の協力者を探している。このプロジェクトは2001年の開始から、開発費用の約3分の2にあたる210万ドルをEUからの助成金でまかなっている。

 ルンド教授も、サイバーハンド・プロジェクトのダリオ教授と同じように、ヨーロッパはロボット工学に総合的に取り組むのに有利な条件が揃っていると主張する。ただし、ルンド教授は資金的な制約がある点にも言及している。

 2007~2013年のEUの予算は、加盟国が合意できない状態が数ヵ月続いているため、研究者たちはどれくらいの支援を得られるかがわからず、プロジェクトがこのまま失速するのではないかという不安を抱いている。

 英国自動化・ロボット協会のケン・ヤング会長は、「ロボット工学の研究でヨーロッパが抱える課題の1つは、研究成果を製品として市場に送り出すことだ」と指摘する。

 「学界の研究ネットワークは十分なものがあると言えるにしても、ヨーロッパの大企業で、日本や韓国の大企業と同程度にこの分野にかかわっているところは、私には心当たりがない。結局のところ、市場に持ち込んで成功させるのは産業界の役割だ……。EU内で開発された素晴らしい技術が、EU以外の国で採用され活用されるがままになっているのは悲しいことだ」と、ヤング会長は語った。

このような義手が完成すれば、患者さんの福音になる。夢のような義手である。

研究開発費の調達が出来ないらしいが、残念なことである。

義歯も研究開発費の捻出は、絶望的であるが、義手は、開発が進んでいない分、有利ではある。

研究開発費の調達が出来ることを祈ります。